2009/02/02

昆虫

















 タイ東北部からラオスにかけての一帯、ようするにラオ文化圏の人々は実によく虫を食べる。彼らにとって虫はとても重要な食材なのだ。

 虫を食べるなどというと、すぐに頭に思い浮かぶのは「ゲテモノ」の四文字だという人が大半だろうが、我々人類の食の変遷を考える場合、むしろ肉食よりも先に昆虫食が始まっていたと考える方が主流らしい。
 そんな昆虫食は、ほぼ世界中で行なわれていて、ヨーロッパでも古くは古代ギリシアやローマでバッタ、セミ、カミキリムシの幼虫などが食べられていたことが知られているし、『旧約聖書』のレビ記の「清いものと汚れたものに関する規定」の中にもちゃんと、いなごの類、羽ながいなごの類、大いなごの類、小いなごの類は食べてよい、と明記されている。

 ちなみに、ラオス辺りで食べられている虫は、バッタ、コオロギ、カマキリ、ナナフシ、セミ、トンボ、ガ、カイコ、ハチ、ハエ、ゴキブリ、コガネムシ、カミキリムシ、カブトムシ、タマムシ、ゾウムシ、ケラ、アリ、シロアリ、ガムシ、ゲンゴロウなど実に多種にわたっていて、それぞれの種によって卵、幼虫、蛹、成虫の各形態が食される。そしてこれは虫ではないが、クモ、サソリなどもよく食べられているようだ。

 そしてこの辺りで食される数多い虫の中でも、特にその存在が際立っているのが、何と言っても「メンダー」だろう。かつて王の食卓にも上ったというそのメンダーとは、水棲昆虫タガメの一種なのだ。
 メンダーは水棲昆虫の中でももっとも大型の部類で、体長10センチメートルにも達し、これは小魚やカエルなどを捕食する肉食昆虫である。

 メンダーを仰向けにして腹を裂くと、腸の肛門近くに臭腺があり、そこから独特の臭いを出す。その芳香こそが、まさにこの昆虫が人々に珍重される所以であって、雄は雌よりもより強い芳香を発するらしい。
 食べ方は、すり潰し調味料として使用するのが一般的だが、蒸したり焼いたりして胴体をちぎり、チューチューと中身を吸い出して食べたりもするようだ。

 現在、メンダーは養殖されていて、ちなみにハエの幼虫、すなわちウジ虫なども養殖されているらしい。それ以外の虫は、ほぼ自然界から捕獲されているようだ。

 もちろん、このような虫を食べるという彼らの行為を、貧しさゆえだと判断するのは間違いだ。一般的に虫はタンパク質と脂質に富み、たとえばイナゴのタンパク質含量の体重比は、豚肉や牛肉よりも高いらしい。
 それに多少の形の差こそあれ、コガネムシもカメムシも、カニもエビも、早い話しみんな同じ節足動物なのだ。

 そして実際、食べてみると、コオロギのフライはポテトチップスみたいに芳ばしく、コガネムシのローストは天津甘栗みたいに甘く、美味しい。生のカメムシもミントのような爽やかな香りが口の中に広がり、なかなかいける。
 よくあの悪名高い香菜パクチーのことを「カメムシの……」などと表現することがあるが、それはカメムシを食べたことのない者が勝手に作り出した、まったくもって根拠のない嘘なのだ。カメムシは、パクチーよりもはるかに美味しいのである。