2010/07/20

名前


















 この世には名前のないものはないのだと、妙なことを言った人がいる。すべてのものは普く、好ましい名前を持っているというのだ。だが、それはとんでもない間違いである。名前など、もともとないのだ。

〈主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった〉(旧約・創世記2-19)

 これは『旧約聖書』の創世記の中の、アダムが生き物に名前を付ける場面だが、そもそも名前を付けるという行為は、人間がそれを支配することを意味していたのだ。それはもちろん、生き物に限ったことではない。山や川、大地、そして集落や都市、国家にしてもしかりである。

 我々人間は常に、名前を付けることによって、あらゆるものを支配してきたのだ。

2010/07/01

謎謎


















ZENの修行の中で、師が弟子を悟りに導くために出題する謎謎、それが「公案」である。公案は、偉大なる先人の言動や行動を記録した『無門関』や『碧巌録』『臨済録』といった書物から出題されることが多く、そんな数ある公案の中のひとつ『南泉斬猫』とはこんな話である。

 中国唐代の高僧南泉が寺へ帰ると、東と西の堂の雲水たちが、一匹の子猫を取り合い言い争っていた。南泉はすかさず彼らの中へ分け入り、その子猫を取り上げ雲水たちに向かって言った。

「いったいお前たちは何をしていたのだ。お前たちが今すぐ道にかなった返答をすればこの子猫は救おう。だが、お前たちがもし道にかなった返答ができなければ、直ちにこの子猫を真っ二つに斬り裂いてやる」

 しかし、誰ひとりとして返答できる者はいなかった。そこで南泉は、手に持った太刀で子猫を真っ二つに切り裂いたのだった。

 その日、夜になって南泉の高弟である趙州が寺へ戻り、南泉は昼の出来事を彼に話して聞かせた。すると趙州は、履物をぬぎ、それを頭の上にのせると、そのまま黙って部屋から出て行った。南泉は言う。

「ああ、あの時お前がいれば、子猫は斬らずにすんだ」

 さて、謎謎『南泉斬猫』の真意はいかに……。