2009/08/01

復讐


















 ある時のことである。ブラフマン神はこの世の滅亡を恐れ、天界から神々を、下界から悪魔たちを呼び寄せ、不死の妙薬アムリタを得ようと思い立った。

 そこでブラフマン神はまず、サンカ島に聳えるマンダラ山を引き抜き、クシラ海の中に立てる。クシラ海には、ヴィシュヌ神の化身である大亀サン・アクパが沈んでいて、マンダラ山はサン・アクパの甲羅の上に載せられ、さらに山頂にはインドラ神が座し、マンダラ山が浮き上がらないための重石となった。

 こうしていよいよ、バスキ神の化身である大蛇をマンダラ山に巻き付けると、尾を悪魔たちが、頭を神々が持ち、いっせいに引き合いクシラ海を撹拌し始めた。

 クシラ海は、ゴウゴウと音を立てて撹拌され、その撹拌の摩擦によって海中に熱が充満し、海の怪獣たちが火を吹き、もがき苦しみだす。
 それを目にしたインドラ神は、ただちに冷雨を降らせて熱を冷まし、大気を漲らせた。こうしてクシラ海は、やがて撹拌が進むにつれて乳状に変化し始め、とうとう不死の妙薬アムリタが抽出されたのである。

 しかしアムリタは、このどさくさに紛れて、いったん悪魔たちの手に落ちるのだが、神々は無事にそれを取り戻す。ところがである。その神々の中に、悪魔カラ・カウが紛れ込んでいて、カラ・カウはその不死の妙薬アムリタを飲み込んでしまったのだった。これによって、カラ・カウは永遠の生命を得てしまう。
 それを見ていた太陽と月は、悪魔カラ・カウが永遠の生命を得てしまうことを恐れ、ただちに剣でもってその首を切り落とし、アムリタを取り戻すのだった。幸運にもアムリタは、まだカラ・カウの喉にまでしか達していなかったのである。

 だが、不死の妙薬アムリタが喉まで達していたことによって、悪魔カラ・カウの首は永遠の生命を得てしまい、怒りに燃え太陽と月を飲み込んでしまうのである。太陽と月を飲み込まれてしまったこの世は、みるみるうちに深い闇に覆われてしまった。

しかし幸運にも、やがてこの世は再び、太陽と月の光に満たされることになる。悪魔カラ・カウは、頭しかないのだ。そう、飲み込まれた太陽と月は、カラ・カウの頭の中を通り過ぎると、すぐに喉から出てきたのである。

かくして、永遠の生命を得た悪魔カラ・カウの首は、以後も、首を切り落とされてしまった復讐に、太陽と月を執拗に追い回し飲み込んでしまう。これが、日蝕と、月蝕なのだと、バリ島の人々は考えたのだ。