秒読
平等
未来
契約
若夢
大学生活は、世の学生の例に漏れず、若い渇望と焦燥に扇動され、ガラスのように脆い達成感と、2、3の甘い傷も負った。しかしそのどれもが、まるでテレビのブラウン管の中の出来事のように、冷たく虚ろで、恐ろしいまでに実体がなかった。そんな隙間の季節を僕は、自分でも面白いのか面白くないのか、何がなんだかわからないままに生きていた。
ふと立ち止まったのは、そんな大学生活もいよいよ4年目になり、就職戦線の幕開けとともに、社会という現実と初めて対峙した時だった。僕は、その現実を前にした瞬間、何もかもを見失った。
僕は生きていくことに、確固とした意味がほしかったのだ。そしてその思いは、次第に「欲求」から「必然」へと変わっていった。確かに僕も、そんな尊大な理想に押しつぶされそうになり、自分で自分のことが突然、嫌になることもあった。だが、この自分でも何がなんだかわからない理想を持ち続けることが、あの頃の僕の唯一の存在価値でもあったのだ。
でも僕にはどうしてもわからなかった。自分の「これから」をどう受けとめ、自分の第一歩をどう社会に踏み出せばいいのか。確かに、世の例にしたがい、何もわからないまま逆に社会の流れに飲み込まれ、その中で押し寄せる波にもまれながら暗中模索するという手もあった。だが、その当時の僕にとってそうすることは、自分の人生に対する敗北でしかなかった。
かといってそんな問いに対して、おいそれと答えが出ると思い込むほどウブでもなかった。しかし、わからないことをわからないままにして、自分をだまして生きていくことも、その自分の無能さを何かのせいにして生きていくことも、若さが許さなかったのだ。
そこで僕は、就職活動を放棄し、何もかもを見失ったまま卒業式を終えると、そのまま飛行機に飛び乗った。一度、自分を取り巻くこの社会から一歩出て、今までとは別のことを考えてみようと思い立ったのだ。そんな時ふと街角で、格安航空券の看板に出くわした。行き先などどこでもよかったのだ。
「僕は逃げ出したのか?」
エアインディア365便。行き先はバンコクだった。
照明が落とされた薄暗い機内で、何気なく手元を見ると、テーブルの上に置き去りにされていたカップは、いつの間にか下げられていた。そのカップの中に残っていた、少し口をつけただけの紅茶は、確かにまだ温かかったはずだ。しかし、そんなことはもうどうでもよかった。僕はひとり、飛行機の小さな窓に寄り掛かったまま、いつまでたっても代わり映えのしない真っ暗な夜の空を、何時間もただぼんやりと眺めていた。
そして、とうとう飛行機は星屑を敷き詰めたような街の光を眼下に、暗い夜の滑走路に滑り込んだ。機内から出ると、生まれて初めて体感する不快な熱気と、身にまとわりつくような湿気に包まれ、現実であるこの世界が、あたかも夢の始まりのような錯覚におちいった。
その錯覚が、初めて現実のものだと実感したのは、ようやくチャイナタウンの外れにみつけた、崩れかけたアリの巣のようなホテルのベッドで、長い伸びをした時だった。ラジオから漏れる、メリハリのない声調言語が耳元をくすぐり、ぼんやりと裸電球が一つだけ点る。不快な熱気を癒すものといえば、天井でカタカタと空気をかきまぜている大きなプロペラだけだった。しかし、シーツが白いことだけが妙に心地良く、体に残る飛行機の微動の気怠さも手伝って、次第に瞼が重くなっていく。窓の鉄格子の外では、夜の闇を引き裂くようにして走り去る車の騒音が、重苦しい熱帯の夜空の下に響いていた。
その時僕は初めて、随分と遠くまで来たものだと思った。ちょうど今頃、大学の友人たちは真新しいスーツにネクタイを絞め、それぞれの社会への輝かしい第一歩を踏み出しているはずだ。それにくらべて僕は、現実から先走りする理想と夢だけをたよりに、南国のこの見知らぬ街で、重くなった瞼にただ目を閉じようとしている。もうこのまま永遠に眠りつづけたとしても、また明日という日が始まったとしても、僕には書きなおされる予定や計画など何もなかった。
「僕、旅行することにしたよ」
「お前っ、なにバカなこと考えてるんだ?」
卒業式の帰り道、片桐が僕の話に、突然、怒りだした。
片桐は同じゼミにいた男で、非現実的なことばかりを思いめぐらす僕とは正反対に、彼はいたって現実的な男で、就職活動も我々の先手を切って独走し、一番に大手広告代理店の内定を掴み取った。
片桐と僕がいつどのようなきっかけで話しをするようになったのかは、改めて思い起してみても判然としない。お互い「友達」などという特別な意識をもって接することもなく、しかし、どういうわけか片桐と共有する時間は決して少なくはなかった。時には二人で晩飯を食べるなどという妙な取り合せの一夜も、一夜に限らずあった。
彼は大学の勉強以外に、サーフィンをし、BMWを乗り回し、ジャズを聴き、キーホルダーを集め、そして居酒屋でアルバイトをしていた。
僕が生まれて初めて入った、大人が酒を飲む店というのは、実は片桐がアルバイトをするその店だったのだ。あの日、片桐が突然、給料が出たから俺の店に連れて行ってやると言い出したのだ。その時の光景は、今でもはっきりと憶えている。
まだ残暑の厳しい9月の夕刻。小さな窓から低く差し込む気怠い夕日が、なぐり書きされた品書きの貼りついた煤けた壁一面を赤く染め、そして、身を寄せ合うようにして並んだ小さなテーブルには、仕事帰りのサラリーマンたちの白いワイシャツの背中が並んでいた。彼らはそれぞれネクタイを緩め、プツプツと小さな水滴のついた大きなジョッキからビールを喉に流し込み、テーブルの上には、枝豆の莢や焼き鳥の串が散乱していた。
そんな光景の中、馴染みの客らしきサラリーマンと笑いながら話しをしていた片桐の姿は、自分とは明らかに違う確かに大人の男であり、僕はその時、彼には一生、太刀打ちできないなと密かに思ったのだ。
「だって、自分のやりたいことがみつからないんだ」
「そんなもん俺にだってないよ。だいたいお前はなあ……」
駅へと続く小さな商店街には、今、卒業式を終えたばかりの連中がふざけあい、愉快に騒ぎながら駅へ向かって歩いている。そんな中で、あいつだけが血気していた。
「お前、いったいどうして旅行なんだよ?」
「うん」
「お前の大学の4年間は何だったんだ?」
「ああ」
「お前、就職するために大学に入ったんじゃないのかよ?」
「え?」
確かに僕は、社会の中に暗黙の内に敷かれていた「常識」というレールから脱線し、大きく逸れてしまうことになった。でも僕はそう決心した時、もしもこの決心がたとえ誤りだったとしても、長い人生のほんの一瞬の通過地点にすぎない、この大学卒業という地点のたった一度っきりの躓きで、それからの人生のすべてが台無しになるなどとは思いたくなかったし、なってたまるものかと思っていた。
「お前は本当に面倒臭え奴だな。そんな何がなんだか訳のわからないことばかり考えてないで、早く大人になれ」
これが、駅のホームであいつが口にした最後の言葉だった。
「お前もがんばれ。気がむけば絵葉書でも出すよ。じゃあな」
僕のこの言葉を最後に、お互い別々の電車に乗り込み、これが彼との最後だった。
翌日、目を醒ますと正午だった。窓を開け鉄格子の間から空を仰ぎ見ると、太陽はすでにホテルの真上に達していて、眼下の路地には昼飯の屋台が連なり、香辛料の入り交じった油の匂いが、路上の熱気とともにこの部屋の窓辺まで立ちのぼっていた。
「遂に、来てしまったんだ……」
その込み上げてくる、異様な熱気の不快さにクラクラしながら、僕は初めて少し後悔した。
「いったい、これからどうするんだ?」
こんなことをひとりポツリと口にしたものの、答えなどどこからも返ってこないということも、わかりきってはいた。
僕は気をとりなおし、真水の冷たいシャワーを浴び、路地の屋台で腹ごしらえをした。滴り落ちるランの香りのように甘く、喉を焼き切るほど辛い。煮込まれた得体の知れないものを、細く痩せこけた米の上にかけ、ガツガツと腹にかき込んだ。しこたま汗をかいた。
ふとまわりを見ると、ハンカチで汗を拭きながら食べているような者は誰もいない。何だかとてもみっともなくて、高いのか安いのかわからない飯代を手早く支払うと、そのまま歩道に出て、とりあえず人通りの多い方角へと歩き始めた。肩から下げたバッグの中には、出掛けにホテルのフロントで買った地図が一枚入っていた。
熱帯のデルタに生まれたこの街は、当時豊かな水量を利用し、運河「クロン」が網の目のように伸び、人々の生活は水によって結ばれていた。そして時代は移りかわり、クロンは道「タノン」へと姿をかえ、タノンからまた小さな路地「ソイ」がきざまれた。
こうして僕は、そのいっそう細かくなった網の目の上を、「自由」という痩せ我慢に追い立てられながら、地図を手にあてもなく歩き始めた。
歩いた道は、地図に赤いボールペンで印をつけた。今日は昨日歩かなかった道を歩き、明日は今日歩かなかった道を歩く。照りつける炎昼の太陽が車道を灼き、その中を車が爆音を轟かせながら走り抜け、口の中が巻き上げられる土埃と熱気でカラカラに渇いた。それは、喧騒と熱気の入り交じった、長い長い一日だった。
そして、熱帯の楽土の輝きが西の果てに沈むと同時に、街はいつも暑苦しい夜の闇に包まれた。もう帰りは、地図はいらない。僕の足は、あたかも靴底の記憶を手繰り寄せるかのように、自然とホテルの方角へと進んだ。
デルタの夜。日中、土埃と熱気を撹乱しながら走り抜けていた車はもういない。路地にはいつも落ち着いた暗闇が徘徊していた。そして、そこに連なる家々の間口の奥からもれる、テレビの音や子供たちの笑い声が、あたたかい家庭の明かりとともにその路地の暗闇にこぼれ落ちていた。そんな、あまりにも平凡で、あまりにも幸福な明かりに、一瞬、訳もなく心細くなりもし、僕は毎日ホテルを目指し黙々と歩いた。
来る日も来る日も歩き続けた。実を言うとそれは、ただ立ち止まることが恐かっただけなのだ。もしも、この歩くことすらやめてしまえば、僕にはもう何も残されていない。その瞬間、無価値で無能な自分のことを、いやというほど思い知らされそうな気がしていた。それがたまらなく怖かったのだ。
そして毎日が、戸惑いを覚える余裕もなく、目まぐるしい速度で過ぎ去った。日が経つにしたがって、灼けたアスファルトで靴の踵がすり減り、出国当時は真っ白だったTシャツも次第に土埃で薄汚れ、地図が汗と赤いボールペンの書き込みでボロボロになっていった。
そんなある日の夕刻のことだった。僕は突然のスコールにずぶ濡れになった。
あれは、気温の上昇とともに、空気が煮えた蜜蝋のような粘り気のある水蒸気を帯びた、うだるように暑く気怠い夕刻だった。僕は一日を歩き疲れ、肌にはりつく汗と土埃をハンカチで拭いながら、ホテルのあるチャイナタウンへ向かっていた。
そして、ニューロードに交差する小さな路地の手前で立ち止まった時、何気なく空を見上げると、対岸のトンブリーあたりの空の色が少し重くなった。すると、上空はみるみるうちにかき曇り、突然、熱帯の大粒の雨が音を立て地を打ち始めた。
道ゆく人々はいっせいに、クモの子を散らしたように廂を求めて走り出し、アスファルトの上に落ちた雨粒は、地にしみ込むことも、運河へ流れ込むこともかなわず、行き場をなくしたまま渦を巻き、くぼみを求めてゴウゴウと路上を流れ出した。
僕は、あまりの突然の異変に狼狽え、モタモタしている内に出遅れてしまった。駆け出した時には、わずかな廂はすでに人で溢れ、ようやくビルの戸口に逃げ込んだ時には、もう頭から全身ずぶ濡れになっていた。
大粒の雨は、依然として衰える気配はなく、不安に駆られ通りの向こうへ目をやった瞬間、天と地が一瞬にして眩い閃光によってつながり、地を揺るがす雷鳴が体を貫いた。
そのけたたましい雷鳴に飛び上がり、息をのんだ途端に、体がガタガタと震え出した。落雷の轟音のせいなのか。濡れて体に貼りついた冷たいTシャツのせいなのか。心細かった。何がなんだかわからないが、とにかく無性に心細かった。ここまでグラグラしながらも、かろうじて持ちこたえていた突っかい棒が、突然ゴトリはずれてしまったように。
そんな心細さに押し潰されそうになりながら、震える体を両手で抱きかかえ、ポタポタと顔に跳ね返る冷たい雨粒に目を細め、熱帯の自然というものの強大さにただ愕然として見入っていると、何だか、この見知らぬ街の片隅で、ひとり雨に濡れガタガタと震えている自分のことが、急にバカバカしくなった。
その時だった。僕はようやく日本へ帰る時がやって来たんだなと思った。もちろん、僕の掌の中には依然として何もなく、スコールでずぶ濡れになった地図の道にも、まだまだ多くの空白が残ってはいた。でも僕は満足していた。
何がなんだか自分でもわからないままに、来る日も来る日もあてもなく歩き続け、卒業式の帰り道で片桐の言った「お前はバカだ」ということが、やっとここでわかったような気がしたのだ。
そう、それは小さな敗北だった。だがそう気づいた時、この小さな敗北が、これからの僕の人生への、輝かしい、小さな一歩のように思えたのだ。
見上げると、スコールは心なしか勢いをおとし、路上の雨水も路肩に跳ね返りながら、狭い側溝の隙間に流れ始め、やがて向こうの家屋の上空あたりには、微かに夕刻の光りが差し始めた。とうとう雨季がやって来たのだ。
日本を出て、そろそろ1ヶ月が経とうとしていた。
こうして、出国当時かすかに期待していた、何かを発見するような劇的な幕切れも何もないまま、僕のバンコクの長い旅は終わった。
しかし、それがいったい何だったのかは遂にわからなかったが、何かをひとつ、確かにやり遂げたような気がしていた。そこで、帰国するとその心地よい微熱が体から消えないうちに就職し、僕はようやく社会への輝かしき第一歩を踏み出したのだ。
*
社会に出た後も、あの尊大な理想は、依然として僕の脳裏に横たわっていた。しかし、毎日打ち込むタイムカードの刻印で積み重ねられている、単調きわまりない日々の連続にうんざりしつつも、それをどう打開すればいいのかも、まったく見出せないでいた。
それが人生さ、などと思えるほど悟りきることもできず、かといってあいもかわらず居座り続けている漠然とした夢も捨てきれないでいる。大学卒業当時、探し求めていたあの「生きる意味」なども、とうとう色褪せた標語札のように、脳裏の片隅に埃をかぶって貼り付いたまま、何もかもが、これといった快感も感じないぶん、これといった不快感も感じなくなってしまっていた。
そしていつの頃からか僕は、自分の人生が歯の折れた歯車のように空まわりする、そんな虚しさを感じるようになった。また突然、繁忙をきわめる仕事のふとしたおりに、いいようのない不安に襲われることもあった。
確かに、このままこの生活を続けていけば、僕の将来はこの社会という繭の中で、大きな波風も立てずに平穏に過ぎていくだろうこともわかってはいた。しかし、もしこのまま30代をむかえ、こんな生活を続けていたら、40代をむかえる頃には、もう心は完全に潤いをなくし干上がってしまうように思えた。
もしかすると、人生を変えるチャンスはどこにでも転がっているのかもしれない。それをチャンスにできるのは、それをチャンスとして受け入れることのできる1パーセントの心の柔軟さと、自分自身を信じきることのできる99パーセントの勇気なのかもしれない。
しかし不幸にも、僕はそのどちらも持ち合わせていなかったのだ。