森林


地球の多くの民族にとって、森林を伐り開くことこそが文化の出発点であり、森林は常に、人間社会の発展と共に減少してきたのである。

そこで一つ、我々の森林への圧力は、何も開拓や開発、商業伐採といった営為だけではないことを補足しておきたい。レジャーである。

たとえば、「アウトドア・ライフ」などという言葉を聞くと、自然を愛する素晴らしい行為のように感じられるが、それはとんでもない間違いなのだ。自動車で排気ガスを撒き散らして山野に乗り込み、歩き回る。人間が硬い靴底で歩き回ることによって、植物は踏み潰され、土は踏み固められるのだ。

街の公園やグランドを見れば一目瞭然だろう。踏み固められた土には、もう雑草すら生えない。もちろん踏み固められることによって、土中の微小生物の生存が脅かされ、それがまた草や木の生育に大きく影を落とすのである。そして植物の生育はまた、それに依存している虫や鳥、動物たちの生存に深刻な影響を与えるのだ。ようするに、このアウトドア・ライフという自然を愛する行為は、廻り廻って、自然の生態系のバランスをズタズタに破壊しようとしている行為に他ならないのである。

そういえばよく雑誌やテレビで、自然保護を訴える自他共にナチュラリストと認める作家などの文化人が、山や森を伐り開きログハウスを建てて暮らしている様子が紹介されるが、所詮あれも、もとをただせば何ら変わることのない、「アウトドア・ライフ」という名の暴力のひとつにすぎないのだ。

こういったことは、旅行についても言えることである。現代、観光化が自然に及ぼす悪影響は絶大だ。おそらく自然保護を行なうためにまずやらなくてはならないことは、観光化を防ぐことだろう。

だが、観光は途上国と呼ばれる国々とって、外貨を獲得し、経済を活性化させる、とても大きな力を持った産業なのである。それは多くの場合、従来の農業や漁業のそれとは比べものにならないほどの、遥かに大きな利益を生み出すのだ。

ちなみに、旅行者が現地でサービスや物品に金を支払うことを、現地の国からの旅行者の国への観光の輸出と見なすと、世界の83パーセントの国々で観光は輸出の項目の上位5位までに入っていて、その内のなんと38パーセントは観光が最大の外貨獲得源になっているらしい。

そして同時にそれは、世界中の生態系にとても大きな影響力を持っているのだ。珍しい野性動物が生息している美しい森林が雑誌のグラビアを飾れば、世界中から旅行者がドッと押し寄せ、彼らの無神経な行動によって美しい森林がいとも簡単に破壊され、もはや生態系を修復不能なまでに壊滅させるなどという話は、今ではもう特にめずらしい話でもなんでもない。

また旅行者が押し寄せることによって、電気や水、ガス、石油といった莫大なエネルギーが消費され、大量の廃棄物を生み出し、それがまた深刻な環境汚染をまねくのだ。皮肉にも、ユネスコの世界遺産に指定されると同時に、自然破壊が始まるのである。

かつては、こういった我々人間の自然への圧力に上回る余力がまだ地球にあり、問題が、問題として具体的に現われていなかったというだけの話なのである。では具体的に森林減少が今、いったいどんな問題として現われ始めているのか。

まず森林は、土が雨で流れ出したり、風で吹き飛ばされないように保護する役割をしている。したがって森林が伐採されると、先のタイの例に見るような、土砂崩れを始めとする深刻な土壌侵食が起こる可能性がある。

確かに土壌侵食はひとつの自然現象であって、土壌侵食があるからこそ、侵食された土が河口へと流れ出し、堆積され、かのメコンデルタもこうして出来上がったのだ。だが、自然に反した伐採の結果に発生する土壌侵食は、こういった自然レベルの侵食をはるかに上回る速度で、かつ暴力的に発生するのである。

また森林の樹木は、葉などから水分を蒸散させていて、降った雨水を大気中に戻す役割をしている。実は森林のこういった生理は、降雨パターンと密接な関係をもっているのだ。したがって、大規模な森林の伐採が行なわれると、この雨水の循環作用が衰え、降雨量の低下をもたらすかもしれない。実際、森林が著しく減少した熱帯地域では、乾季が長く、雨季が短くなったというデータが出ていて、旱魃の被害が人々の生活を脅かしている。 

さらに森林は、こういった水分の蒸散以外にも、その土壌に水分を保水する役割も担っている。これは帯水層、すなわち地下水とも密接な関係をもっていて、森林が伐採され保水力を失うと、深刻な地下水の枯渇をまねく可能性があるのだ。そして、保水力を失った山に降った雨は、そのまま地表を地にしみ込むことなく流れ出し、大洪水をもたらすかもしれない。

植物は、生育する時は大気中から二酸化炭素を吸収しているが、枯れて分解される時は、逆に大気中に二酸化炭素を放出するという特性がある。森林が伐採されれば当然、大気中から吸収される二酸化炭素の量は減り、また大気中に放出される二酸化炭素の量は増えることになるのだ。そしてこれがまた、人類にとっての最大の問題となりつつある、地球温暖化に加担することになるのである。