地球温暖化。それは字のごとく、地球の気温が上昇し暖かくなることだが、もっとも地球は地質学的調査によっても、その生成期から、幾度かの温暖期や寒冷期を繰り返していたことが知られている。だが、現在この地球で起こっている温暖化は、我々人間の存在によって引き起こされているという点が、これまでの温暖化と異なる点なのだ。
その、今この地球で起こっている温暖化の主因とされるのが、大気中の温室効果ガスの増加である。温室効果ガスというのは、ちょうど温室のガラスのように地球を覆い、地表からの放射熱を宇宙に拡散しにくくしているガスのことだ。実は温室効果ガスというのはいくつかあるのだが、今この地球の驚異となっているのが、石油、石炭といった化石燃料の燃焼によって増加し続けている、言わずと知れた二酸化炭素である。
我々の生活は、産業革命を一つの転換期として、より快適な、より便利な生活へと邁進していったわけだが、またこの革命を転換期として、石炭、そして石油の燃焼は爆発的に増加し続けることになった。特に石油は、二十世紀の文化の源泉であると言っても過言ではなく、もはや我々のこの快適で便利な生活を、石油の存在なくしては考えられなくなった。
実際、石油の使用量は、ここ50年の間で5倍近くに膨れ上がり、それに比例して大気中の二酸化炭素の濃度も上がり、そして、地表の温度は確実に上がっている。ようするに現在この地球で起こっている温暖化は、我々の豊かさの代償に他ならないのだ。
特にアジアでは、石油の使用比率は、自動車が圧倒的に高く、あのバンコクのすさまじい交通渋滞を見れば、おのずと頷けるだろう。もちろんタイに限らず、ラオスを始めとする発展途上国と呼ばれる国の人々が、アメリカや日本と同じ、自動車による便利な生活を求めることに対して、それを非難する権利は誰にもない。
参考までに、アメリカの人口は世界の人口のおよそ5パーセント足らずである。しかしそのアメリカの人々が、化石燃料を燃焼して排出している二酸化炭素の量は、なんと世界の排出量の24パーセントをも占めているのだ。
これはもちろん、二酸化炭素の排出量に限ったことではない。世界の人口の4分の1にすぎない「先進国」と呼ばれる国の人々が、世界の資源の大半を消費し、世界の廃棄物のほとんどを作り出しているのが現状なのである。そしてまた、膨大なエネルギーを使って大量生産したものを、大量消費し、大量廃棄するという、先進国アメリカと同じ豊かさを、世界中の国々が追い掛けているのだ。
イギリスの経済学者ライオネル・ロビンズは、経済学とは、人間の無限の欲望を充足させるために、有限な資源をいかにして分配するかということを考える学問であると言っているが、経済というのは、まさにそら恐ろしいものである。アメリカは今、資源はおろか、二酸化炭素の排出量すら市場化し、莫大な量の二酸化炭素を排出する権利を金で買おうとしているのだ。
とにかく、こういった化石燃料の燃焼によって発生する二酸化炭素の重要な吸収源である森林が、今どんどんと伐採され続けていて、地球の温暖化にさらに加速させているというわけなのである。
地球温暖化は、地球が今むかえようとしている、大きな転換期であることには間違いない。またその転換期が、我々人類の存続を脅かす、深刻な危機となりうることもほぼ間違いないだろう。では、地球温暖化は今、いったいどんな危機として現われ始めているのか。
まず、気温が上昇することによって、単純に考えられるのが、南極や北極の氷が解けてしまうことだ。極地の氷が解けると、当然、海面の水位が上がる。また海水自体、気温の上昇によって熱膨張する特性があることから、水位はさらに上がるだろう。
もっとも最後の氷河期だった18000年前は、海面は今よりも100メートル以上も低かったと考えられていて、海面は気候の変動とともに常に上下してきたのだ。実際もう今すでに、気温の上昇とともに極地の氷も、ヒマラヤの永久凍土も解け始めていて、海面の水位は年々確実に上がっている。
海面の水位が上がるということは、すなわち、陸地の面積が狭まるということだ。たとえば、海抜がたった2メートルしかないインド洋に浮かぶモルジブ共和国は、海面の水位が2メートル上がれば、国全体が海中に水没してしまうことになり、あのデルダに築かれた大都市バンコクも、アンダマン海の底に沈んでしまうことになるかもしれない。バンコクに限らず、東京も、ニューヨークも、世界の大都市の3分の2は海岸沿いにあり、世界の人口の大半が海岸線の近郊に住んでいるのである。
そして温暖化は、気候のサイクルを狂わせ異常気象を引き起こすだろう。まず、気温の上昇によって地表や海面からの水の蒸発が進み、雨量を増大させる。だがこれは、世界に均等に降るのではなく、局地的に、集中的に降ると考えられていて、それによって猛烈な大洪水や土砂崩れを引き起こすかもしれない。
しかし一方では、温暖化は極端な乾燥を誘発し、旱魃や熱波を引き起こす。またこれによって、各地で大規模な森林火災が多発し、砂漠化する内陸部はさらに乾燥し、その面積を広げることだろう。
実際、海水温の上昇といった諸条件から、台風やハリケーンもますます強力になり、その発生頻度も確実に高くなっていて、温暖化と切り離しては考えられない気候の異変が、もうすでに始まっているのだ。そして何と言っても複雑な問題をはらんでいるのが、そういった気候の異変が与える、生態系への影響である。
その影響は普通、小さい生物により迅速に、より顕著に現れるもので、それはまた人間を始めとする他の生物にとっても、重大な危機となる場合が多いのだ。たとえば、水温が上昇すると、有害なプランクトンが異常発生する危険性がある。プランクトンの異常発生は、魚や貝の大量死を引き起こすだろう。そして、すでに海水温の上昇によって、サンゴが死滅し始めている。
実は、このサンゴの死滅にさらに拍車をかけているのが、大気中の二酸化炭素の増加なのだ。海はまた、森林と同じく重要な二酸化炭素の吸収源なのだが、二酸化炭素は海中に吸収されると化学反応を起こし、サンゴの形成に欠かせない炭酸カルシウムの濃度を減少させるのである。
熱帯雨林と並び称される、地球に最も古くからある生物群生であるサンゴ礁は、海の生態系に大きな位置を占めていて、世界の海に棲息する魚類の少なくとも65パーセントは、何らかのかたちで、一生のうちのある期間をサンゴ礁で過ごしていると考えられている。サンゴの死滅は、多くの種の生物が棲息する海の生態系のバランスを崩し、種や棲息数を減少させ、我々人間にとっての海洋資源にも大きな影響を与えることになるだろう。実際、すでに漁獲量は世界的に減少し続けているのだ。
また、気温の変化に特に敏感なのが、昆虫である。暖かくなれば、昆虫はより速く成長し、より頻繁に繁殖する。気温の上昇はまた、昆虫の大量発生を引き起こす危険性があるのだ。そうなれば、多くの植物がその蝕害によって枯死することになるだろう。もちろん、農作物もその例外ではない。
そして昆虫は、その身軽さから、気候の変化に即して、自由に棲息地を移動させる可能性がある。統計的に見ると、植物、そして動物や人間に対して、何らかの危険性のある昆虫の多くは、熱帯や亜熱帯といった暖かい地帯にその起源を持っているのだ。すなわち、それまで遠い熱帯の風土病だと思い込んでいた、熱帯の昆虫が媒介する病気が、温暖化によって、思わぬ場所に拡散する可能性がある。事実、ニューヨークの衝撃は記憶に新しい。
1999年、ニューヨークのフラッシング病院メディカル・センターに61歳の男が入院した。彼は当初、発熱に咳、衰弱というインフルエンザに似た症状を起こしていたのだが、やがて激しい頭痛と麻痺に苦しみ出したのである。
診断は、原因不明の脳炎とされた。だが、この男が入院した数日後、また同じ症状を起こした80歳の男が運び込まれ、彼はそのまま急死してしまったのである。同じ症状を起こした患者はこの後もさらに数を増し、それによってこの脳炎が伝染性の病気であるということは判明したたものの、病名すら分からないまま、とうとう62人もの感染者を出すことになったのだ。
そして時を同じくして、ニューヨーク州北部のデルマーで、数百羽ものカラス、スズメ、フクロウ、アオカケス、タカといった鳥がバタバタと死んでいたのである。またブロンクス動物園でも、園内の鳥の大量死が起こっていて、ロングアイランドでは馬も原因不明の病気で死に始めていた。
これら鳥獣の突然の大量死と、病院に収容された患者たちの症状には、共に脳炎を引き起こしているという共通点があり、これによって人間、鳥獣の双方から検査に乗り出すことになったのだ。
病院に収容された患者と死亡した鳥から採取した血液サンプルは、ただちにCDC、疾病管理予防センターに送られ、その間、この謎の伝染病の感染経路が徹底的に調べられることになった。ところが、患者たちは、同じレストランで食事をしたこともなく、同じ所に遊びに行ったこともなく、まったく共通点がなかったのである。
ひとつ、この年のニューヨークの夏は記録的に暑かった。そして、やがて患者たちが日没後、涼を求めるために多くの時間を屋外で過ごしていたことが判明した。これによって感染経路として浮上したのが蚊だったのである。
こうして間もなくして、この原因不明の脳炎の病名は、かつてアメリカの中西部と南部で猛威をふるった、セントルイス脳炎であると発表されたのだ。しかし何かが違っていたのである。このパズルには、どうしても噛み合わないピースがあったのだ。
過去のセントルイス脳炎の流行でも、確かにカラスやスズメといったある種の鳥の体内に高いレベルのウイルスが検知されたが、これだけ多くの種を巻き込んだ大量死を引き起こすことはなかったし、動物園の外国の鳥が死亡することは一切なかった。ましてそれが、馬に感染するなどということは、まったくの皆無だったのである。
そして、とうとう噛み合わなかった最後のピースがはめ込まれると、そこに浮かび上がってきたのは、思いもよらない病名だったのだ。「西ナイル熱」である。
この伝染病が初めて確認されたのは1937年、アフリカ、ウガンダの西ナイル地区でのことだった。これが西ナイル熱という名称の由来である。そう、1999年にニューヨークを襲った謎の伝染病は、なんとニューヨークから遥か遠く離れた、アフリカの伝染病だったのだ。
では、いかにしてアフリカの伝染病が大西洋を隔てたアメリカに辿り着いたのか。それに関しては、確実なことは分かっていないらしい。だが、最も有力視されているのが、西ナイル熱のウイルスを持った蚊が飛行機の中に紛れ込み、アフリカからニューヨークへやって来たという説である。
だが、普通こういった熱帯からの潜入者は、越冬できず死滅してしまうもので、西ナイル熱のウイルスを持った蚊に関しても当初はそう考えられていた。ところが、暖房の効いた都市の異常なまでに暖かい環境や、また近来の温暖化も加担し、蚊はウイルスを持ったまま確実に越冬してしまったのである。西ナイル熱は、今ではもうアメリカ全土に広がりつつあり、毎年新たな感染者と、死者を出しているのだ。
こういった伝染病の恐怖は、何もアメリカだけに限ったことではない。このまま地球が温暖化すけば、この恐怖はさらに世界各地に広がり、やがて多くの人々の命を脅かすことになるかもしれない。たとえばマラリアを媒介するハマダラカは、気温が15,5度以上になればどこでも繁殖し、マラリアを蔓延させられる。そして蚊は、気温が高いほど急速に繁殖し、頻繁に血を吸う性質を持っているのだ。
同様にマラリア原虫自体も、気温が高くなれば、蚊の体内で成長する期間が短くなる。マラリアの中でも最も悪性な熱帯熱マラリアは、気温が20度なら成長するのに26日かかるのだが、気温が25度に上がるとわずか13日で成長してしまうのだ。ようするにマラリアの感染は、気温が高くなるとさらにその危険性を増し、そして温暖化が進み気温が上昇すれば、マラリアを媒介するハマダラ蚊はその棲息範囲をどんどん広げ、マラリアの感染の危険性はますます広範囲に広がっていくのである。もちろん、日本も例外ではない。
事実、日本の国際空港でも、マラリアを媒介するハマダラ蚊を始めとする、日本には本来棲息していないはずの蚊が捕獲されることは、特に珍しいことではないらしい。その蚊の体内にマラリア原虫さえいれば、日本でのマラリアの感染の恐怖は現実のものとなりうるのである。
もちろん、これはマラリアに限ったことではない。同じく蚊が媒介する黄熱病やデング熱もしかり。そして、これら以外の数限りない熱帯の伝染病が、温暖化とともにその勢力範囲を地球規模に広げようとしているのだ。
現在、マラリアの感染地域には世界の人口のおよそ45パーセントが住んでいると言われているのだが、このまま温暖化が住めば、今世紀末には、世界の人口の60パーセントがマラリアの感染の危険性にさらされるだろうと推測されている。今、少なく見積もっても、世界では1分間に950人がマラリアを発症させ、毎日3000人がマラリアによって命を落としているのだ。
もしかすると、今この地球上で起こっている数々の深刻な問題は、人間が石を、火を道具として使い始めた時から、すでにこうなることが約束されていたのかもしれない。そうだとすれば、この地球にとって人間という生物の出現は、最も不幸な出来事だったと言えるだろう。我々人間はガン細胞のように、この地球を食い尽くしてしまうかもしれない。
実際、すでに生態系から転がり出て、莫大な資源を使って自然界には存在しない物質を作り、大地をコンクリートで塗り固め独自の環境を生み出し、その中で生きている我々人間は、少なくとも植物や動物がこの地球の生態系の中で担っている役割と存在理由を、すべて放棄してしまったのだ。