犬猿


タイの野良イヌは実に見窄らしい。「イヌ」としての精悍さというものがまるで感じられないのだ。

路地の日陰で昼寝をむさぼっているイヌどもを見ても、いつも水を吸ったボロ雑巾のように地面にデレンと延びきり、おまけに、プニョプニョとした柔らかい腹まで人目にさらし無防備極まりない。今、己れの身に危険がふりかかるかもしれないなどといった危機感さえも、これっぽっちも、あの小さな脳味噌の中には存在していないといった寝相の悪さなのだ。
まあ確かに、もともと寒い国で生まれた彼らにとって、熱帯の暑さはもう昼寝でもしていないとやってられない、といった感じなのかもしれない。そんな何ともなげやりな顔をして眠りこけている。

そういえば、なんでもタイの東北辺りでは、イヌを食べると聞いた。イヌを食べるなどと言うと、とんでもないことのように思うかもしれないが、アジアではけっこうよく食べられている。特に、4本足は机以外なんでも食べると言われている中国では、イヌはかなり古くから食べられていて、清の李鴻章という政治家もイギリスに大使として赴いた際、首相から贈られたシェパードを喜んで食べてしまったそうだ。そんな中国では、かつてイヌは、ブタや魚よりも上等な食物とされていたらしい。

『淮南子』には、ある男がイヌをご馳走してくれるという誘いに大喜びして出掛け、たらふく食べた後で、実はその肉はサルだったと聞かされ、気持ち悪くてすっかり吐いてしまったなどという話が記されている。ちなみに、明あたりの料理書によると、イヌの中でも一番上等なのは黄イヌで、黒イヌがこれに次ぎ、赤イヌは一番下等とされている。

そこで、改めて路地の日陰の中で昼寝をしているイヌどもを思い出してみると、何だかあの毛色はどことなく薄汚れた黄色に見えなくもない。しかし、あんなだらしない欠伸をしている貧相でぐうたらなイヌを食べるくらいなら、僕はよろこんでサルを食べよう。